ブックレビュー

あの話の続き~続編に名作無し?

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漫画やアニメ、映画では公開後の評価によって(時には無理矢理にでも)続編がつくられたり、またそのつくり手が変わっていたりすることはよくあることです。

実をいうと、数こそ多くはないものの、小説でもそういう続編があるということをご存じでしょうか?

1.「続編」の功罪

本来なら1作で終わるはずだった映画が、

・あまりの人気で無理矢理2作目・3作目を制作してコケる

・別の監督で撮って大失敗

・作者は漫画の連載だけで終わらせたいのに、読者と編集の要望に応えて続けた結果終わりどころが見つからない

・世界観が変わっちゃう

・作者の苦労が見えて辛い

・もう終わりにしたい作者が作中で主人公を殺したのに、編集にせっつかれて次作で生き返らせちゃう

・・・など、無理をした続きものではよく聞くエピソードです。

ただ1作目を超える続編はない、オリジナルを超えるコピーはないと言うのが一般論ですが、、、

007シリーズとか、ドラえもん、サザエさんのように延々と続きそうな名作も生まれています。

でもそれらは俳優(声優)や監督が変わっても、内容はともかく、とにかく「続くこと」に価値が移行してる作品のように思われるので、合間に駄作がはさまっても興行的にOKというなんでしょう。

ちなみに、私も007は観ちゃいます。

2.あの名作にもなんと「続き」が!

さて小説の場合です。

「風と共に去りぬ」というマーガレット・ミッチェルの名作がありますね。

読んだことないが人でもタイトルくらいは聞いたことあるはず。映画も有名です。

万が一にも我が駄文を読んだ後、この名作を読んでみよう!と思ってくれる奇特な読者がいるかもしれないので、ぼんやり書きますが、文庫版で5巻あるこの長い名作は、終わり方が非常に含みのあるラストなんです。

出版後、作者はずいぶん続編を書くようにすすめられたそうですが、、、

賢明な彼女は「あれはあれで完結なのだ」と言って、絶対に続編を書こうとしませんでした。

作者の死後、風と共に去りぬの出版後、半世紀以上も経ってから続編が出版されました。

もちろん作者は別の人物。マーガレット・ミッチェルの遺族が依頼して書かせたものです。

日本では森瑤子氏が翻訳し、当時はけっこう話題になりました。風と共に去りぬのファンである私と母も出版後、速攻で読みました。

でも感想は、

・・・・・

・・・・・

ご想像の通りです。

やっぱりがっかりしちゃったのです。

ただそうとわかっていても読んだでしょう。

だって、続きって気になりますよね?

私が想像していた続きとは違っても、予想外の展開に胸の奥が轟いても読んでしまうし、たとえがっかりしても、書いた人の勇気も、自分と違うその人の解釈も、それはそれとして興味深いものなのです。

それで、

その続きの終わりのそのまた続きも気になりますよね?

今回はこうやって終わったけど、人生はまだ続くわけであって、その先それでどうなったのかなぁ・・・と思わずにいられないのです。

SF作家として高名なアイザック・アシモフの大作「ファウンデーション」シリーズも彼の死後、別の作家によって続編が書かれています。

こちらも遺族の要望によるもので、3部作になっていて、しかもそれぞれ別の作家が書いているというファンにとっては読みたいような不安なような、読む前から胸のざわめく構成になっています。

私は、こちらは未読。

死ぬ前に読もうと思っていますが、絶対がっかり間違いなしとも思っている『続き』

でも読まずには死ねない『続き』

しかも、この3部作はさらに続きそうな伏線が張ってあるらしいです。ますます読まずにはいられませんね。

3.心穏やかに読める「続き」

作者の死後に書かれたものは、もうそれだけでファンの心をざわめかせるものですが、作者本人が書いた『続き』は比較的心穏やかに読める気がします。

ここでいう『続き』はいわゆるシリーズ物やオムニバスもの。当初から続く予定だったものではなくて、いったん完結したのに、後年になって続編を書くケースです。

おすすめは那須正幹氏の「ズッコケ三人組」

子どものころ読みませんでしたか?

学級文庫の定番といって良い児童文学の名作シリーズですが、これに『続き』があるのご存じでしたか?

私はそれを見つけたとき、飛び上がって、あるだけ入手して読みました。

主人公の三人組が大人になった「ズッコケ中年三人組」!!

なんて心躍るタイトル!!!

中年に心が踊っちゃうというのも変な表現ですが、子ども時代にこのシリーズを読んだ世代ならきっとわかってくれるはず。

こちらはご本人が書いているだけあって、大人版三人組も違和感なく読めます。

ただし内容は、子ども時代のわくわく感はなんというか、中年の落ち着き、お疲れ感にとってかわって、ウキウキ読むというよりは心穏やかに楽しめる続きになっています。

続編は一冊につき1年ずつ年を取っていく体裁になっていて、40歳からスタートし、続きの続きで「ズッコケ熟年三人組」で50歳になっています。

現実のニュースとリンクするような内容にもなっていて、この『続き』をご存じなかった方には、ぜひとも今すぐ読むことをおすすめしたい、がっかりしない『続き』ものです。

4.超レアな「続き」

読書家を標榜する私でも、寡聞にしてこのパターンはこの1作しか知らないのですが、最後にご紹介する「誰もが知ってる小さな国」は、作者が生存中に、別の作家によって書かれた続編です。

オリジナルは「誰も知らない小さな国」から始まる、コロボックルという小人のお話で、佐藤さとる氏による児童文学です。

こちらはちょっと古い出版なので、ズッコケシリーズよりは知名度が低いかもしれませんが、日本の全小学校の学級文庫に入れときたいほどおすすめしたい名作です。

続編を書かれたのは有川ひろ氏。

この方の作品はかなりドラマ化されているので、原作を読んでいなくてもストーリーは知っているという人が多いと思います

コロボックル物語の続編をあの有川ひろが書いた!というのは私には衝撃で、図書館で見つけた瞬間借りて帰って一気読みし、即座に息子(読書家に育成中)に押しつけました。

やはり書き手が変わっているので少しスタイルが変わって感じられますが、原作の雰囲気を充分に残しつつ有川氏のストーリーテラーとしての魅力が発揮されていて、非常に読み応えのある続編になっています。

あとがきを佐藤氏が書いているというのもファンとしてはたまらないところです。

両氏のファンとしては更なる続編も期待したいところですが、佐藤氏は残念ながら「誰もが知ってる小さな国」が出版された後に亡くなられているので難しいかもしれません。

5.おわりにーー

小学生のころ、国語の授業で「ごんぎつね」の続きを考えてみよう、という課題があり、原稿用紙に2~3枚の続編を書いた記憶があります。

ごんぎつねは今でも教科書に載っているので、全日本人が内容を知っているはず、という独断と偏見によってちょっと内容に触れちゃいますが、、、

生徒の半数ぐらいがきつねが生き返ってハッピーエンド、残りはあの終わりのまま兵十の悲しい気持ちや反省して動物愛護に走ったりするような内容に別れたような気がします。

書いてるときは楽しかったけど、みんなの発表を聞いているうちに、物語の終わりというものは終わったところが正しいのであって、続きを書くのは間違いなんだな~というような感想を抱いた覚えがあります。

小学生のときはなぜかハッピーエンドが正しい終わり方だと信じていて、アンハッピーエンドや、不条理な終わり方をする話にはモヤモヤを抱いていたので、ごんぎつねの続きを書くという課題はものすごく印象の強い授業でした。

でも確か、うろ覚えながらハッピーエンドにしなかったと思います。

物語の終わり方について、続編のありかたについて初めて考えたのがごんぎつねでした。

今でも続編には批判的な気持ちを抱いているのですが、でもきっとお気に入りの本に続きが出たらざわめく胸を押さえつつ読んでしまうのです。

たまに成功例もあるし、好奇心には勝てないし、でもきっと批判を覚悟で続きを書いた作者に敬意を表して読んでしまうのだろうなと思います。

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